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内観の記録。その他。

人間関係リセット症候群

今日は、「人間関係リセット症候群」というワードが、ずっとTwitterのトレンドに上がっていた。

 

人間関係リセット症候群とは、人間関係において自分に不都合な出来事があった時に、その人たちとの関係性を一切絶って、完全にリセットしてしまうこと。

 

 

今までの人間関係をすべてリセットし、また一から新しい世界で生活しようとする癖がやめられない人たちのこと。

 

これ、気軽な名前で呼んでいるけど、明らかに日常生活に支障が出ていたり、周りに迷惑をかけているのなら、回避性パーソナリティ障害の可能性もあるから、もしそうであるなら、適切な治療が必要。

 

 

なんか最近、こうして自分自身に手軽にラベルを貼ろうとする人が多くて、うんざりする。

 

そりゃあ、自分と向き合うよりも、手っ取り早くラベルを貼る方がラクだから、みんな都合のいいラベルが欲しいのはわかるよ。

 

 

人間関係がうまくいかない自分のパーソナリティの問題を「私、人間関係リセット症候群なんで、仕方ないんです。」って言えたら、自分は変わらなくていいし、相手にも自分は悪くないんですアピールが出来る。

 

 

でもこれの一番の問題は、自分に都合のいいラベルを貼れば貼るほど、現実が悪化するということ。

 

ラベルを手に入れても、人生は1ミクロンも変わらないどころか、事態はどんどん悪くなり、最終的にはこじれて手のつけようがないところまでいってしまう。

 

 

安易にラベルに縋る人たちを見ていると、自分と向き合いたくない人がどれだけ多いかが分かる。

 

嫌なことを徹底的に回避して、逃げて逃げて、その先に残るものは何?

「俗」か「聖」か。

若い頃に感情を抑えて、超然とした態度をとっていた人ほど、人生の後半で反動がくる。

 

抑えつけたものは、いつか限界に達し、上がってくるんだ。

 

 

そして私のように、若い頃にまるで悟りを開いたような浮世離れした生き方をしていると、人生の後半から、今までに積み上げてこなかった俗世間での極めて人間的な修行が始まる。

 

40代から踊る阿呆側の視点を学ぶのは本当に大変。

 

 

そういう意味では、俗世間に全く馴染めず、子供の頃から「人生とは何か」を考えざるを得なかった属性の人は、ある意味不幸だと思う。

 

残酷だけど、それを考えているうちに人生は終わる。

 

本当に大切なものは全て置き去りにして。

 

 

「俗」でも「聖」でも、どちらかの世界に偏っている人は人間として、とてもバランスが悪い。

 

だから、そのバランスの悪さを修正させるように、数々の試練が起きる。

 

 

「俗」の方に偏っている人は、しばらく孤独になり、一人の時間を多くした方が良い。

 

群れの中では気付けない大切なことに、たくさん気付ける。

 

 

一方で、私のように「聖」の方に偏っている人は、社会という名のコミュニティで、しっかりと地に足をつけ、人間としての泥臭い修行を行わねばならない。

 

そこを避けると、人間以外の何かになるか、病気になるか事故に遭うか、死ぬ。

 

 

神様(自分の中にいる真我、本当の自分)は容赦ない。

小さな違和感と感情こそ大事

自分を変えるというと、まるで大きな岩でも動かすように、大層なことをやらなければいけないイメージがありますが、

 

実は認知の歪みを取る、脳の使い方を整えるという意味では、取るに足らないような小さなことに注目し、日常生活の中でそれらをちゃんと感じて変化をつけていく方が、よっぽど大事なことなんです。

 

 

例えば、今日の私の事例です。

 

朝、弟に書類を送るために郵便局に行きました。

 

 

封筒の中にはとても大切な書類が入っているので、確実に補償がある方がいいと思い、ゆうパックを選んで伝票を書き、窓口に持っていきました。

 

すると、窓口のお姉さんがすかさず「お客様、書類をお送りになるのでしたら、ゆうパックよりもレターパックの方が安く出せます、いかがですか?」と言ってきたのです。

 

 

当然、これはただの提案ですから、普通は「ああ、そうですか。」と話を聞くと思います。

 

 

しかし私は自分を立て直すために、自己決定感を養う訓練の真っ最中ですから、自分で決めたことを勝手に覆されると、頭にくるわけです。

 

「いちいちうるさいよ!私は自分でゆうパックで送るって決めたんだから、わざわざ指図してこないでよ。私の決めたことに余計な口を挟まないで!」

 

という強い怒りが湧いてきたのです。

 

 

昔の私なら、こんなことでイラっとはしなかったし、終始穏やかに「あ、でもゆうパックで送るのでこれで大丈夫です。」と、笑顔で対応していたと思います。

 

 

しかし、今回は違います。

 

「これで送りたいんだから、これでやって!(いちいちうるせえ日本郵便)」

 

極めて反抗的な態度です。

勢い余って、もはやチンピラです(笑)

 

 

たったこれだけのことなのに、気付いたことが3つあります。

 

1.自己決定感で自分で決めたことに、横槍を入れられると頭にくる。

 

2.こっちにした方がいいよという提案にキレそうになる。

 

(子供時代、ずっと親から支配されていた記憶が思いだされて、「何で私に自由に選ばせてくれないんだ。命令するな!」という強い怒りが湧いてくる。

 

 

3.いくら親切とはいえ、郵便局員は少しでも安い方がお客さんは喜ぶだろうと勝手に思いこんでいる。

 

(世の中には高いサービスをあえて選択したい人はたくさんいる。少しでも安い方がいいというのは思い込み。)

 

 

たった10分くらいの郵便局の滞在時間でも、こういう重要なことに気付くわけです。

 

そして気付いたら、その場で自分の思考を修正し、そこに付随する感情を解放していきます。

 

 

自分の思考の癖に気付いたり、過去に抑圧した感情を解放したり、思い込みに気付く作業というのは、こうして行っていくわけです。

 

決して特別なことをやっているわけではなく、日常生活の全ての行動が、気付きの対象になります。

 

 

スキゾイドは感情が薄くて、常に反応する機能は死んでますから、本当に意識してよく観察しないと、自分でもなかなか気付けません。

 

地味な作業ですが、こうやって少しずつ認知を整えていきます。

 

 

総じて、自分の人生は自分で決めるということと、感情をハッキリ出せるようになったこと。

 

この2つが、私自身この2年間で劇的に変わったと思っています。

すでにピークアウト

Yahoo!知恵袋に、「40歳間近で今まで一度も恋愛経験がなく、一生に一度でいいから女性と付き合いたい。どうしたらいいですか?」という質問をしている人がいた。

 

(というか、最近この手の質問ばかり見てしまう。)

 

この質問に対して書いてあった回答がなかなかにエグくて、心が折れそうになった。

 

 

【回答1】

独身男性の平均寿命は70歳。
そのうちの半分は67歳で亡くなるそうです。


貴方の人生は半分過ぎてますよね?

婚活よりも終活をされた方が現実的と思いますが、如何でしょうか?


貴方が思ってるほど人生は長くありませんよ。

 

(確かに、独身男性の平均寿命は驚くほど短く、「いのち短かし、恋せぬおとこ」とまで言われている。)

 

 

【回答2】

生物の魅力としては、すでにピークアウトしている年齢です。

結婚出来ない=選ばれない生き物なのです。

 

もう少しオブラートに包んで言えば、結婚するのも能力です。

 

能力が無いことは人間出来ません。

違う指標を持って生きていきましょう。

 

 

(確かに結婚出来ない=選ばれないは正論。40歳までに選ばれなかったのなら、もう一生選ばれない可能性が高い。)

 

 

そして、こういう身も蓋もない回答を見て、私自身果てしなく落ち込むのですが、でもこれは今までの自分で生き続けた場合の話であって、

 

例え40代からでも必死に努力して、人格を立て直し自分を変えれば、恋愛や結婚のチャンスはきっとあると思うのです。

 

 

実は私も、残りの人生で再婚したいと思っており、最近美容に力を入れ始めました。

 

塞がったままになっていたピアスの穴を再度開け直し、家に一人でいる時も、ピアスをしたり、オシャレを楽しむようになりました。

 

 

安西先生、恋愛がしたいです!!」と思わず言いたくなる気分です( ;∀;)

 

どうしてこんなにこじらせてしまったのか、を考えると本当にしんどいですが、これからも淡々と自分と向き合っていきたいと思います。