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内観の記録。その他。

社交性がないことの弊害

どんな時代でも楽しく幸福に生きていける人の特徴って何だろう?と考えていて、気付いたことがあった。

 

それは社交性の有無だ。

 

言い換えれば、人と円滑にコミュニケーションを取り、誰とでも仲良くなれる能力と言ってもいい。

 

人生は、これがあるのとないのとでは雲泥の差だ。

 

 

学校でも会社でも、地域のコミュニティでも家族でも、うまくやっていける人というのは、

 

いかなる場所でも、大した苦労もせずに世の中を渡り歩いていき、どんどんと夢や目標を実現していく気がしている。

 

特別な能力などなくても、社交性さえあれば、あっという間に誰とでも仲良くなり、その人脈によって、欲しい物を楽々得たりしている。

 

 

そして残念なことに、私のように社交性が全くない人間は、当然ながら真逆の人生を歩むことになり、

 

たった一言、「お願いします!」の声掛けすら出来ないばかりに、損をすることが多々ある。

 

 

社交性がないと、どれだけ優れた能力を持っていても、それをうまく活かせず、人間関係において要らぬ苦労をし、神経をすり減らしストレスを溜め、

 

欲しい物が得られないどころか、損をすることも多分にある。

 

人付き合いが苦手な人は、得てしてそれなりの所まではいくが、それ以上に突き抜けることは難しく、とくに晩年惨めな生活を送ったりする。

 

 

それは何故かと言えば、内向性が強い人は、所詮自分が心を開ける範囲でしか世界を作れないのであり、自分の器以上のものは得られないからだと思う。

 

内向的な人は、この器が内向きで常に閉じており、心をオープンに出来ないことによって、成功を自分の持っている内向性の範囲内で収めてしまう。

 

 

そして、この心の器を広げるのが非常に難しいと感じている。

 

私自身も、自分ではリア充だと言っているが、それはあくまでも自分が持っている器の範囲内でのリア充であり、

 

それは元々の自分の性質から考えれば、随分とマシな位置にいるだけ、という極めて後ろ向きな感覚だと思う。

 

 

私が今持っている課題は、常にいいところまではいくけれどそれ以上伸びず、なんとなく惜しいという位置で止まってしまう自分の心の壁を壊すことであり、そこから脱すること。

 

しかし、社交性は子供の頃に身に着けないと、大人になってから得るのはとても難しいと言われており、

 

社交性がないばかりに、人生を詰んだ人は本当にたくさんいる。

 

(実際、生活に困っても性格が内気なばかりに、役所に相談に行くことすら出来ず、本来なら貰えるはずの生活保護を貰う手続きにすら行けず、死ぬ人が一定数いるらしい。)

 

 

結局、人生は「人たらし」と呼ばれる人が一番強く、多くの人を上手に巻き込みながら、人生を要領よく進んでいき、

 

欲しい物を着実に手にしていくあの能力こそが、最強なのだと感じている。

 

幸福のためには枠を広げる。

関わる人を多くする。

 

最近はこの辺についてよく考えている。