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内観の記録。その他。

「どうせ」と「所詮」

自分の口癖を観察していて、ある言葉を頻繁に使っていることに気付く。

 

それが「どうせ」と「所詮」。

 

先日、ある人を信用して、思い切って飛び込んでいったのに、盛大に裏切られてしまい、「結局そういう人だったのか」と思った時に、この思い込みに気付いた。

 

「別に何度裏切られても、それで人間不信になることはない。所詮、人間なんてそういう生き物だから。」という前提。

 

 

最初から期待していない。

どうせそんなもんでしょ、という思考。

 

そして、人と対峙する時に私は常に「もしかしたら裏切られるかもしれない」という前提を持っている。

 

これはどこから始まったのかと言えば、幼少期の母親の記憶と大きくリンクする。

 

どうせ何を言ったって全部否定されるし、結局はお母さんが全部決めるんでしょ!という諦めの思考。

 

 

私の思考はベースが全部これ。

 

どうせ。

所詮。

 

ほらやっぱり、そうなった。

 

でも別に傷つかないよ。

だって最初から何も期待していないんだから。

 

という態度(笑)

 

 

これ気付いたら、ずっと持っていました。

 

そりゃあ、こんな前提を持っていたら、人間関係がうまくいきませんよね。

 

というか、そもそも根がスキゾイドちゃんなので、いちいち人間関係で悩んだりはしませんが(笑)

 

 

最初からそれすらどうでもいい。

 

常に「別に」という態度。

 

自分がそうだから、周りに起きる現象も、諦めや否定や拒絶を表すような出来事が起き続ける。

 

 

しかし、そこに感情がほとんどないので、それすら「どうでもいい」という言葉で括って処理をする。

 

まるで何事もなかったかのように。

 

でも、もう気付いたから、これも直します。

 

直すところがいっぱいあって、毎日忙しいです。