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内観の記録。その他。

幸せの記憶

内観を進めるうち、怒りや悲しみや悔しさといった、ネガティブな感情はたくさん解放出来ましたが、そういえば喜びや楽しさや幸せな感情はなかなか出てこない。

 

そういう気持ちもたくさんあったはずだけどな~。

 

としばらく考えていて気付きました。

 

 

なにもない!!

 

どれだけ考えても、「私は本当に心の底から幸せだった」という記憶がない。

 

そんなバカな。。。

 

と思った瞬間、その理由に気付きました。

 

 

私は長年、

 

・私は幸せになってはいけない

・私は楽しんではいけない

 

という強い思い込みを持っていました。

 

なぜなら、幼少期に親から否定され続けて育ったので、自分は幸せになる価値はないと思い込んでいたからです。

 

 

そして実はこの2つの思い込みが、私にとって最強のラスボスだったのです。

 

(この事については、後日詳しく書きます)

 

で、なぜ幸せな記憶が一向に出てこないのか。

 

それは、私はずっと“自分は幸せになってはいけない”という強い思い込みを持っていたため、もし自分が幸せになってしまったら、その思い込みに反するから、幸せにならないように、ずっと自分を止めていたのです。

 

正確には、幸せを感じるような出来事はたくさんありました。

 

でもそこに感情がなかったのです。

 

 

幸せだと感じてはいけない。

楽しいと感じてはいけない。

 

だから、感情のスイッチを切って、何も感じないようにしていました。

 

もちろん、感情がゼロではないので、うっすらと幸せな気持ちは感じてはいました。

 

 

でもそれは、出来るだけセーブした状態で、自分の「幸せになってはいけない」という思い込みに反しない程度の感情のみ感じていたのです。

 

人を好きになった時も、幸せにならないように、絶妙なさじ加減で、LOVEではなくLIKEになるように、巧妙に自分を止めてLIKE以上にいかないようにしていたのです。

 

だから、強く記憶に残る幸せな出来事がないのです。

 

 

そして今、この2つの思い込みを必死で外していますが、なかなか外れません。

 

何せ、40年間持ち続けてきた思い込みですから、そう簡単には手放せません。

 

楽しい事があって笑おうとすると、母親の顔が浮かんできて、「楽しそうに笑ってるんじゃないよ!」と怒られるような気がするのです。

 

 

弱いですね。

ここまで母親に支配されていたとは。

 

今でもまだ、母親に対する強い恐怖心は残っています。

 

 

昔に比べたら、だいぶ言いたい事が言えるようにはなりましたが、今でも会話をする時は母親の機嫌を損ねないように、かなり言葉を選んで慎重に話しており、母親との関係性をどうにかするのは、本当に時間がかかっています。

 

みんな幸せになる権利があるのに、「自分は幸せになってはいけない」または「自分は幸せになる価値がない」という思い込みで、苦しんでる人は多いのではないかな。

 

 

そして自分に幸せになる許可を出したところで、翌日から「やっほー!今日からハッピーに生きるぞー!!」とはならないのが、心の問題の難しいところなのです。