先日、我がマンションの空き部屋だったところに、新しい人が引っ越してきました。
「どんな人かな~(*'▽')」
うちのマンションは住民同士がみんな仲良くて、昔ながらのご近所付き合いがある地域なので、そのコミュニティに自然と入れるような同じ価値観を持った人だといいなぁと思っていました。
そうしたら、引っ越してきた人はなんと外国人。
22歳の男性でタイ人です。若い(^^♪
引っ越してきた日にうちに挨拶に来て、「今度引っ越してきました〇〇です!静かに生活するように気をつけますので、今後ともよろしくお願いします!」と言ってきました。
片言の日本語で、ちゃんと手土産まで持って。
挨拶もきちんと出来て、忘れずにマスクもしていて、礼儀正しくていい人そうでした(第一印象)。
ゴミの出し方とか大丈夫かな?
日本に来たばかりなのかな?
色々考えつつ、様子を伺っていると、今朝そのタイ人と話す機会に恵まれました。
事前情報で「彼は日本語が喋れないらしい」と聞いていたので、たぶん挨拶の時は定型文を暗記したのだと思いますが、例え片言でも多少は何か話せるかなと思い、日本語で話しかけてみると、本当に一切日本語がわからない様子でした。
そして、なんと英語も全く分からないとのこと。
言葉はタイ語しか分からないそうで、コミュニケーションが全く取れなかったのですが、それでも何とか会話をしていた時に、ふとくだらない思い込みに気付いてしまったのです。
それが今日のブログタイトルにもある、
日本を好きになってもらいたい
日本に来て良かったと思ってもらいたい
この2つの思い込みです。
もう完全に余計なお世話ですよね(笑)
一体いつどこで、こんな思い込みを持ったのだろう?
何のために?
と思ったのですが、こういう思い込みはだいたい深掘りしていくと、日本人としてのナショナリティ(国籍や愛国心)みたいな深い話になってきて、たぶん前世とかもっと前の記憶まで行きそうな気がしたので、掘り下げるのはやめました。
こんなふうに思い込みに気付いたとしても、必ずしも全部処理する必要はないし、優先度の低いものは、放置しても大丈夫なのです。
日本を好きになってもらいたい
日本に来て良かったと思ってもらいたい
もちろん、この2つが自分の中の深い何かと繋がっている可能性もありますし、例えばこの2つの言葉を、
自分を好きになってもらいたい
自分と出会って良かったと思ってもらいたい
に変えてみると、また違った視点で掘り下げも出来ます。
ただ、今回のこのテーマは私の中ではあまり重要ではなかったので、いったん見送りとなりました。
潜在意識には膨大な量の記憶が入っているので、全てを処理しようと思ったら、一生かかっても終わりません。
というより、それをやり始めると、記憶の処理をすることが目的になってしまい、次々に掘り出しては清算するみたいなことを繰り返すと、余計に脳がこじれることになります。
何をやって何をやらないか。
これを仕分けするのも、とても大事なことなのです。
認知行動療法というのは、日々の生活の中で、自分の思考パターンや行動パターンを探っていくものなので、実は拍子抜けするくらい、こういう些細な出来事から、ヒントを得ているんですよ。
そして我がマンションでは、ついに初の外国人さんが入居ということで、いよいよ国際交流の風が吹いてきたなぁとテンション上がっております(笑)