私は3歳の時に、我が家の絶対権力であった母親のもとで生き延びるために「諦め」という手段を使った。
悪質なマニピュレーターである母親のもとで生きていくには、母親の要求を黙って飲み、その指示に従い、完全に服従するしかなかった。
だから私は3歳の時に、絶対権力であった母親に対し、この世で一番大切な「自分」を諦めることを決めた。
全てを無にして自分の感情や意志を殺し、ただただ従順な羊として服従するだけの人生を選んだ。
その結果、私の人生は母親に乗っ取られ、長年に渡り地獄を見た。
だからその体験から、「諦め」という手段は安易に使ってはいけないと、ずっと伝え続けている。
特に「自分」は絶対に諦めてはいけない。
長い人生の中で、もし何かを諦める選択をするのであれば、それは本当に心から納得して諦めることにしたのか、何度も自分に問いかけ、本当に諦めても良いと心から納得したのであれば、そこで初めて諦めという選択をしても良いと思っている。
諦めるの語源に「明らかに見る」という意味があるけれど、一度自分の状況を俯瞰して眺めるために、その事柄を諦めてみるという意味での諦めなら使っても良い場合もある。
でも、そういう理由でもない限り、諦めを味方につけると本当に人生を詰む。
諦めの使い方、絶対に間違えないで。
本当にそれ諦めてもいいの?
今は無理でも明日には奇跡が起きてるかもしれないよ。
本当にそれ納得しているの?
諦め癖がある人は、それだけで自らの幸せを放棄しているのと同じなんです。
諦めは最終手段。
本当に使うべき時に、どうか最小限にとどめてください。
諦めを選択した時点で、全ての可能性が途切れてしまうから。
諦めを安易に使うと、その諦めたものに人生を乗っ取られてしまうから。
諦めなければ「101回目のプロポーズ」みたいに、例え100回断られても101回目で奇跡が起きるから。
自分の可能性は出来るだけ繋ぎましょう。
自分の幸せのために・・・。