自分を変えるというと、まるで大きな岩でも動かすように、大層なことをやらなければいけないイメージがありますが、
実は認知の歪みを取る、脳の使い方を整えるという意味では、取るに足らないような小さなことに注目し、日常生活の中でそれらをちゃんと感じて変化をつけていく方が、よっぽど大事なことなんです。
例えば、今日の私の事例です。
朝、弟に書類を送るために郵便局に行きました。
封筒の中にはとても大切な書類が入っているので、確実に補償がある方がいいと思い、ゆうパックを選んで伝票を書き、窓口に持っていきました。
すると、窓口のお姉さんがすかさず「お客様、書類をお送りになるのでしたら、ゆうパックよりもレターパックの方が安く出せます、いかがですか?」と言ってきたのです。
当然、これはただの提案ですから、普通は「ああ、そうですか。」と話を聞くと思います。
しかし私は自分を立て直すために、自己決定感を養う訓練の真っ最中ですから、自分で決めたことを勝手に覆されると、頭にくるわけです。
「いちいちうるさいよ!私は自分でゆうパックで送るって決めたんだから、わざわざ指図してこないでよ。私の決めたことに余計な口を挟まないで!」
という強い怒りが湧いてきたのです。
昔の私なら、こんなことでイラっとはしなかったし、終始穏やかに「あ、でもゆうパックで送るのでこれで大丈夫です。」と、笑顔で対応していたと思います。
しかし、今回は違います。
「これで送りたいんだから、これでやって!(いちいちうるせえ日本郵便)」
極めて反抗的な態度です。
勢い余って、もはやチンピラです(笑)
たったこれだけのことなのに、気付いたことが3つあります。
1.自己決定感で自分で決めたことに、横槍を入れられると頭にくる。
2.こっちにした方がいいよという提案にキレそうになる。
(子供時代、ずっと親から支配されていた記憶が思いだされて、「何で私に自由に選ばせてくれないんだ。命令するな!」という強い怒りが湧いてくる。
3.いくら親切とはいえ、郵便局員は少しでも安い方がお客さんは喜ぶだろうと勝手に思いこんでいる。
(世の中には高いサービスをあえて選択したい人はたくさんいる。少しでも安い方がいいというのは思い込み。)
たった10分くらいの郵便局の滞在時間でも、こういう重要なことに気付くわけです。
そして気付いたら、その場で自分の思考を修正し、そこに付随する感情を解放していきます。
自分の思考の癖に気付いたり、過去に抑圧した感情を解放したり、思い込みに気付く作業というのは、こうして行っていくわけです。
決して特別なことをやっているわけではなく、日常生活の全ての行動が、気付きの対象になります。
スキゾイドは感情が薄くて、常に反応する機能は死んでますから、本当に意識してよく観察しないと、自分でもなかなか気付けません。
地味な作業ですが、こうやって少しずつ認知を整えていきます。
総じて、自分の人生は自分で決めるということと、感情をハッキリ出せるようになったこと。
この2つが、私自身この2年間で劇的に変わったと思っています。