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否定の延長にある世界

私の尊敬するある方が、こんな事を言っていた。

 

「否定の延長にある世界は冷静で理知的であろうが、ぎくしゃくした夢のない世界」

 

これは本当にそうで、親から否定されまくって、一回も褒められたことがない私が体感しているから、もう本当に間違いない。

 

子供を褒めずに否定して育てたら、その子供は確実に人生を詰む。

 


否定されたことにより、「どうせ自分なんて」から始まる人生は本当に地獄だ。

 

そして、そんな自分を庇うように、外側を丁寧に取り繕って埋めていく。

 

でも、中身は不安や恐怖や無力感でいっぱい。

 

そしてそれを、子供自ら立て直す苦労は、親が想像を絶する大変さなのです。

 

 

冷静で理知的というのがまさに言い得て妙で、否定の先の諦めのゾーンに辿り着いた時、人は妙に落ち着いて、恐ろしいほどに賢くなっていく。

 

しかしそこに、愛や安らぎはない。

 

 

スティーブ・ジョブズは、「最後の言葉」という手記にこんな言葉を残しています。

 

「私はビジネス界において、成功してきたと言えるだろう。他人の目には、私の人生は典型的な成功例に見えると思う。

 

しかし私は、仕事以外では少しも喜びを感じることはなかった。

 

そして私は気付いた。死ぬ時に最後に持っていけるのは、愛に溢れた思い出だけなのだと。」

 

 

私も41歳でようやくここに気付き、今は毎日を全力で楽しんで、思い出を作る事だけに専念しています。

 

あのまま親の呪縛を解かずに、「もっと凄い人にならなきゃ」「成功して世の中に価値を与えなきゃ」なんて思っていたら、人生の最期に本当に後悔したでしょう。

 

 

なぜなら、成功や実績はこの世では有効でも、あの世では全く関係ないからです。

 

重要なのは、何かを成し遂げるプロセスを本人が楽しんでいたかどうかで、もし何かを達成するプロセスに楽しさを感じない、

 

または義務でやっているのなら、まだ遊んでいた方がマシだということです。

 

今は昔と違って、子供を褒める教育がだいぶ増えてきたので、昔の私のように戸塚ヨットスクール並みの厳しさで育つ子供は少ないと思いますが、

 

もし過度に子供を厳しくしつけている親がいるとしたら、私のような人間が育つ可能性があるよ?っていうことを、さりげなく言っておきたいです。

 

 

スキゾイドになったら悲惨ですよ。

 

全部諦めないと生きていけないから。

その先には、本当に夢のない世界しかないから。